あおしまの日記

あおしまさんの日記らしいです。個人的に興味がある事を時々書きます。スマートウォッチPebble日本語パックを作成、公開しています。

日本の英語教育の流れ

現在の英語教育に至るメインストリームをおおざっぱに列記すると、

  • それこそ奈良平安時代より、仏教経典他にて漢文を読みくだすメソッドが確立していた。レ点付けなど。
  • 鎖国時代、西洋言語(主に蘭語)の解釈は、語順が漢文に似ている事から、このメソッドを応用してレ点を付けて読み下すことで解釈を進行させた。その頃の知識層には漢文読解は通常持っている技術であったので、手近な技術の応用でしかない。
  • レ点付け解釈法は他の西洋言語にも転用された。*1また、もしくは読み順を数字で書いて読み下し語順を得るなどした。
  • この頃は「一部の知識層が西洋の知識を日本語に翻訳して伝播するのが最善」という事で、翻訳ならびに知識層における翻訳者養成が求められた。
    • それは至極もっともな事で、こと海外の知識を得るにあたって、国民全体に西洋言語を習得させた後に知識を得るよりも、教育コストが低い。
  • そんな翻訳に長けた集団として、大阪の適塾があった。
  • その「西洋言語の『翻訳』」に長けた層が、なぜか「西洋言語『自体』」に長けてるとして、その後の西洋言語(主に英語)の伝播の主流となった。一部は役人となり、一部は教育関係に進み、福澤諭吉蘭学塾である慶応義塾を作り近代英語教育の始祖として活動、同輩や弟子を全国に派遣し、英語教育を広める事となった。
  • この間に、なぜかレ点付け方式が段々と消失した模様。(直読法だか言う学派が現れて、そちらが主流となったらしい?)ただ、返り読みなどの技術は伝承される。「心眼で語順を追うのだ!」とでも教えていたのだろうか?ここに現在のメソッド完成。
    • 先日この手の話に対するブコメで「レ点とか付けたらいいのに」的な物も見うけられるように、かつてそのようにして来た事が既に事切れて忘れられており、また漢文に対する素養が知識層に必須でなくなった現在、やっても意味が無い。(大学出の人で漢文がすらすら読み下せる人って今どれだけ居るの?ということ。)
  • よって、日本での西洋言語の教育上の取り扱いは、翻訳する事を基本として、今日まで至る。
  • つまり現在の教育指導要領は「書き物に対する英語翻訳者養成教育」言い換えると「翻訳者養成至上主義」である。
  • それではまずいのは昔から言われていたが、「翻訳者養成至上主義」から逸脱できない文部省は、外人教師を呼んできて触れ合わせる機会を増やす程度でお茶を濁している。つまり根幹は伝統芸である翻訳者育成の方針を変える気は無い。
  • いま英語教育に携わる方々は、指導要領の通りの方が大半であれば、翻訳教育一本槍であるし、教育者自身もそういう教育を受けてそれが当たり前だと思って現在に至っている。この方々の脳味噌を新たなメソッドで書き換えられるのか?(無理。)