あおしまの日記

あおしまさんの日記らしいです。個人的に興味がある事を時々書きます。スマートウォッチPebble日本語パックを作成、公開しています。

PDFの起源(本文)

PDFの技術的源流はどこから始まるか?それはPostScriptを最適化するPostScriptプログラムであるstill.psがその起源である。PostScriptは文書やグラフィックを表現するためだけに使われる物と思われがちだが、PostScriptはプログラム言語であり、この言語で書かれたプログラムも当然存在する。
still.psはGlenn Reid氏によって生み出された。彼はPostScriptのスペシャリストとしてAdobe社やNeXT社で働いた後、自分の会社を持った。それまでの間、 PostScriptのバイブルの1つであるGreenBookや、PostScriptのプログラム言語的側面をまとめた"Thinking in Postscript"などの本を著している。Glenn氏の会社の歴史を辿ると、過去から今に至るまで、幾つもの有名なソフトウェアに参画している事がわかる。Adobe Illustratorや、近年だとApple社のiPhotoなどもそのようだ。

stillというのは、もちろん蒸留を意味する。夾雑物(孤立点、重複パスなど)を含むPostScriptから純粋なPostScriptを生み出すのであるからもっともな名前である。なぜPDF生成の事をTranslateなどと呼ばずにDistillerと呼ぶか、というのは、ここに由来していると私は考えている。この後、still.psを土台の1つとして、PDFは生まれる事になる。

また、PostScriptファイルは、命令語が詰まったテキストファイルでもある。テキストファイルは、ファイル圧縮の効率が良い。PostScriptファイルを縮小しようとした時、圧縮アルゴリズムを用いるのは当然の流れである。どの段階で導入されたか私は知らないが、ページごとにPSコマンド群をLZW圧縮するというアイデアが盛り込まれた。これにより、蒸留されたPostScriptファイルを、さらに小さくする事が出来るようになった。このとき、LZW圧縮を採用した事が、この先対抗する互換ソフト、特にフリーのPDF生成ソフトの出現を阻み、立ち上げ時期のAdobeのPDF戦略を守り、支える事となる。

そしてもう1つ、AdobeにはMultipleMasterTypeという技術があった。これは、1つの基準フォントから、一次変換により複数ウエイトのフォントファミリーを生成するという技術である。これにより、全ウエイトのフォント情報を埋め込む事なしに、1つの代表するフォントとその変形情報の付加だけで、多くのウエイトのフォントを演じさせる事が可能となった。

これらAdobe社内の主要技術を組み合わせて生み出されたPDFという書式は、規格を広く公開し、さらに当時としては画期的な「表示するソフトは無料配布」という仕組みで、瞬く間に普及する事となった。

またこの普及には、当時のWWW勃興期と重なった事、当時のHTMLの表現力が印刷物に遠く及ばなかった事、印刷物の出力原稿をそのまま流用できたこと、またインクジェットプリンタの出現により、以前は考えられなかった個人用のカラーページプリンタが普及していた事で、印刷物のクオリティーをほとんど損なう事なく手元で出力出来る環境が整った、などの要因が重なって、爆発的に普及した。この頃インクジェットプリンタは、PSプリンタのエントリークラスである解像度300dpiを超えるものが出始めていた。ちなみに、Acrobat Ver.1はDOS版も存在し、VESA経由でSuperVGAモードでの全画面表示を行う事が出来た。

ところで、規格を広く公開しているにも関わらず、PDF生成ソフトについてはほぼAdobe社のAcrobatのみという時期が長く続いた。フリーの互換生成ソフトが生まれなかった理由は、LZW圧縮の特許問題にあったと私は考える。
この件は別の側面から語られる事が多かったし、そのほうが世間一般の通りも良いだろう。それは「gif特許問題」である。Unisys社がgifファイルを扱うソフトに対して特許料の請求を行うなどの問題であったが、これはgif形式の問題ではなく、圧縮に使われていたアルゴリズムであるLZWについての特許料請求が本質であった。gifとは全く関係はないが、PDFも同じ圧縮技術を用いており、もちろんこの特許の網に掛かる。よって、小規模ベンダーやフリーソフト作者はこの特許との関わりを避けるため、ページ圧縮を行うPDF生成ソフトの作成をおおっぴらには行う事が出来なかったし、無圧縮では競争力がないと判断し開発を行わなかったものと考える。

しかし、2004年の6月、LZWに関する特許が失効し、当時はもう顧みられる事も少なくなっていたgifについて、冷笑とともに穏やかに語られていたその裏で、PDF生成ソフトのおおっぴらな作成が解禁され、数々の互換生成ソフトが世に出る兆しを見せていた。それらが、今日の低価格もしくは無料のPDF作製ソフトの乱立につながるのである。



今回確認したサイト

  • RightBrain Products

http://www.rightbrain.com/pages/history.html

still.psの生みの親Glenn Reid氏の会社。なぜtraslatorでなくてdistillerなのかはstill.psに由来。


  • PostScript Books: "PostScript Program Design", "Thinking in PostScript"

http://www.rightbrain.com/pages/book-download.shtml

PostScriptプログラムの本。絶版につきPDF配布中


  • Distillery Home Page

http://www.itee.adfa.edu.au/~gfreeman/distillery.html

still.psの発展形。現在はPDFと同じアプローチになったようだ。
規格書が公開されながら2004年後半まで互換PDF生成ソフトが出なかった理由のヒントもここに。